新薬採用

10月18日、中田病院の医局では医師4人薬剤師3人で定例の薬事委員会が開かれていた。司会の私は「では最後に、新薬の高血圧症治療薬ディオバンについてです。今後の取り扱いは如何いたしましょうか」と声をかけた。「今日はかなり時間も長くなっているので、製品説明会をまず行なってからもう一度検討することにしては」との院長の一声で、この日の会議は終了となった。

10月27日、医局で医師たちと私が出席し、製品説明会が行われた。N社の田中氏が挨拶もそこそこに、新製品の紹介を始めた。新薬の開発経緯、治験実績、既存製品との比較、副作用発生報告、使用開始後の副作用チェックと検査法などと続き、最後に具体的な投与方法と、懇切丁寧な説明が続いた。医師たちは時折、質問しながらも、うなずくことが多いようであった。「今、困っている患者に早速使いたい」などの発言もあった。

11月7日、会議室で二度目の説明会が行われた。今度も田中氏が説明役で、聞き手は3人の薬剤師である。先日と同じく彼の挨拶から始まった。しかしスクリーンの画像は前回とはかなり違っていた。熟練MR氏は医師が知りたい情報と薬剤師が知りたいことの違いを把握し、それなりに話を展開させている。

医師は治療が主眼なので、使い方や効果、副作用が最も気になる。薬剤師は製品の化学構造、性状がまず気になる。これらを細かく説明、そして国内データをはじめ、海外データも詳しく紹介した。既存製品からの切り替え事例の紹介、服用の指示の仕方など、かゆいところに手が届いている。

その後、私たち3人は「臓器保護が良さそうですね」「たんぱく質との結合度が高いのが気になります」「食事の影響が大きいようですが」などと、さらに説明を求めた。
 薬剤師歴30年の私にとって、薬の効き方を解説した話は、科学の進歩を十分に感じさせてくれるので誠に面白い。経験15年のH君はなるほどとうなずいている。新人のT君はほとんど大学の講義さながらの感じでデータについて細かい質問をし、小一時間がかりでやっと説明会が終了した。

11月15日、次の薬事委員会が開かれた。医師たちはこの薬を採用することを求めた。私は「発売と同時の新薬採用は本来的にはあまり賛成ではありません。大学病院などの高度医療を行っている病院の実績を待ちたいです」と述べた。新薬は治験時に出た以外の副作用が市販後に出ることがあるからだ。

しかし今回は、今までの治験データと違い、海外のデータが含まれているから、大丈夫と思われるので、私はさらに「では採用ということでよろしいでしょうか。使用に当たっては、私どもも十分気をつけますが、先生方もご配慮をお願いいたします」と訴えた。

ただ新規取り扱い製品だから薬価収載後に入札を行うことになる。その関係で取り扱い開始日を改めて知らせるまで待って欲しい旨も伝えた。
こうして病院内での新薬採用が決定された。

大規模病院では病院独自に薬事審議会というものがある。新薬を採用したい医師は薬事審議会の委員長(多くの場合、薬局長)へ申請書を提出する。薬事審議会は病院長をはじめ、医師・薬剤師・医事課職員などで構成されていることが多い。審議会での検討を重ね、採用が決定される。一方、中小病院では、院長や薬局長が随時話し合って採用薬品を決めていることが多いように見受けられる。

その後、入札がある。薬には公定の薬価が決められているが、病院への納入価は各問屋によって違ってくる。薬価と納入価の差益が病院の利益となる。いわゆる薬価差益といわれるものである。入札は病院が仕入れ先を決めるために行われ、出入りの薬問屋に納入価格を見積もってもらうことをいう。
こうして約1週間後、新薬ディオバンは中田病院で取り扱いが開始された。私たち薬剤師はこの薬の処方が出るたび、少しの副作用の発生も見逃すまいと注目しながら、毎日の業務を行っている。