副作用のこと

患者さんとお話していると、「この薬は副作用がないですね」と念を押すように言われることが時々あります。大抵の場合「貴方のお身体によります。副作用が出る可能性が高いか低いかです。医師の受診の時に詳しくご自分の体質などお話いただくことが肝心です」と答えます。また「薬には副作用がないということはほとんどありません」と話します。すると「でも漢方薬は副作用がないのよね」と言われます。そこで「いいえ、漢方薬も副作用はあります」と答え、話は延々と続くこととなります。

薬は目的とする「主作用」と、目的としない「副作用」とを持ち合わせています。
例えばリン酸コデインで咳を止めたい時、鎮咳作用は主作用であり、これを服用して生じた便秘は副作用です。しかしこの薬を激しい下痢のとき用いればその副作用が主作用となります。スピロノラクトンの主作用は利尿を促し、副作用で女性型乳房が見られることがあります。また抗がん剤での脱毛なども、よく知られている副作用です。一般的に「副作用」と言われるものは、人体に悪影響や有害な場合が圧倒的に多いことも事実です。

先日のことでした。
「331号室のIさんのことですが」と、Y医師が医薬品情報管理室(DI室)に突然見えました。I様は倦怠感が近ごろ著しいと、一昨日に外来を受診されました。血液検査で肝機能の悪化が見られ、昨日、急性肝炎で入院しています。

「君はもう患者情報を見てくれましたか。僕は高脂血症薬Xの副作用ではと疑っていますよ。君の意見を聞かせてね」
医師の意向を受け、私は検討を開始しました。はじめにI様が今まで服用してきた薬のリストの作成です。まず入院した昨日からXは中止され、新しく肝炎治療の点滴が開始されていることを確認しました。そして当院外来に数年間通院されていること、先月から高脂血症薬Xが1品増えていることも分かりました。Xの投薬を開始して2週間目の検査データは異常なしです。しかし今回入院時の検査データでGOT、GPTの値は正常値の約10倍でした。やはり新しく追加になった薬Xが最も疑わしいと私も思いました。外来通院時に用いられていた薬は7品です。これらすべての添付文書を点検し、Xを含め3品に肝機能障害の副作用記載を見つけました

「先生のご指摘通り、急性肝炎の原因は高脂血症薬Xが疑わしいかと思います。副作用報告の手続きを進めましょうか」と、私はY医師と相談を始めました。副作用報告はほとんどの場合、患者さんの重篤度を考慮して行われます。

私は高脂血症薬XのA製薬会社営業所に電話しました。連絡を受けた製薬会社の医薬品情報担当者(MR)はその1時間後には私と面談を始めていました。
副作用報告第1報です。彼はこれを本社へ報告しました。約1週間後、本社から審査の上、詳細報告を収集するように指示がありました。2度目は医師との直接面談です。投薬にいたるまでと投薬してからの経緯など、検査データも含め、事細かに患者情報収集に努めていました。この際、患者の住所氏名などの個人情報を病院側は明かすことはまずありません。

一方、薬剤師の私は、彼の行動と前後して、厚生労働省に直接「副作用報告」を提出しました。また薬剤師会にも「プレアボイド報告」を提出いたしました。このような報告は整理された後、医療現場へフィードバックされ、新たな治療に役立つことになります。

薬の副作用は添付文書などに丁寧に書かれております。医師は診療をする時に細心の注意を払い、患者さんにとって良いと思われる薬を選び、処方します。そして次の診療では副作用が出ていないかにも気を配っています。薬剤師は窓口業務や服薬指導時、医師と同様に副作用が出ていないか、患者さんの様子やお話から判断します。このような行為が医療の質向上につながると私は信じて、仕事を続けております。

 

※語注


リン酸コデイン=日本薬局方に収載されている医薬品。鎮咳薬、鎮痛薬。植物のケシから抽出される成分の一部。調剤の便宜上、賦形剤で薄めた粉薬や水薬で用いられることが多い。

スピロノラクトン=利尿薬。原形は粉末だが錠剤や細粒に製剤され、医療薬として使われている。色々な浮腫に用いられる。

女性型乳房=女性化乳房ともいわれる。男性の乳腺が過剰発育して、女性の乳房のようになるもの。思春期に見られるものは生理的なものである。スピロノラクトンやジギタリス、エストロゲン投与時などで見られることがある。

DI業務=(drug information)医薬品情報管理。文献や添付文書などの資料から医薬品に関するデーターを収集整理して医師をはじめとした医療関係者や患者へ情報を提供するシステム。

GOT、GPT=グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ、グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ。Lグルタミン酸を分解する酵素。生物界に広く分布する。この酵素の活性は肝炎や各種疾患の重傷度や予後の判定に有用である。

MR=(medical representative)医薬品情報担当者。製薬会社などで、医師に対して医薬品の情報を提供する係。従来はプロパーと呼ばれていた。

プレアボイド報告=日本病院薬剤師会で行っている医薬品の副作用情報収集報告システム